Lektion 35, Text 2

第三十五課 二 盗難事件

ランゲさんは、大使館筋が推薦してくれた東京の一流ホテルに泊まっていました。周囲は静かなばかりでなく、設備もサービスもよく、この次日本に来たら、またここにしようととても満足でした。

ところが最後の日、歌舞伎を見て夜おそくホテルにもどり、受付で部屋の鍵を受け取ろうとしたら、係りの人が十五分ばかり前に、ランゲさんによく似た恰好の外人がもう持っていったと首をかしげながら答えました。こんな時刻におかしいと思ったランゲさんは、旅券を見せて身分を明らかにし、本人だということを確かめてもらいました。それから、ホテルの支配人に部屋までいっしょに来てもらうことにしました。支配人はひどく緊張し、普通だったら、ホテルの規則として、鍵は必ず本人かどうかを確かめてから渡すことになっているし、もし何か起こったら、ホテルの信用にかかわるので、大変だと落着かない様子でした。十五階のランゲさんの部屋まで来てみると、ドアが開いていて、だれかがまさに今去っていったばかりだという感じが、まざまざと残っていました。こうなったら、もうあせっても仕方がないので、ランゲさんは引き出しや洋服だんすなどを調べてみました。まずカメラが見当りません。重要な印刷物やその他の品物もいくつかなくなっています。幸い現金は、ランゲさんが全部身につけていたので、災難から免れました。支配人はすっかり申しわけながって、言動の怪しい外人を見かけなかったか、すぐ警察を呼ぶようになどと、フロントに電話をかけ、手配しました。それから、盗まれたものと、その大体の価値を、すぐ警察に届けなければならないので、面倒でも書いてほしいとランゲさんに頼みました。まもなく、近くの交番から警官が二人やって来て、被害の状況についてランゲさんにくわしく聞きました。そして、犯人がつかまえられ、盗まれたものが発見されたら、すぐ連絡するから、二、三日ばかり待ってほしいと言いましたが、ランゲさんは翌朝八時にはホテルを出て帰国することになっていました。これは、ホテル側がぼんやりしていたばかりに起こった事件なので、もしランゲさんに迷惑をかけたりしたら、国際的信頼のためにもよくないと、ホテルの支配人はしきりに強調しました。それから後の処置について、ランゲさん、支配人、警察の三者は、どうしたら一番よいかと相談しました。そして、ランゲさんが盗まれたものの大体の価値を金額で請求し、警察がそれを確認し、ホテル側がランゲさんのホテル代の勘定からその分を差し引くことにしました。もしその金額がホテル代より高かったら、逆にホテル側がランゲさんにその差額を払いもどすことになりました。警官は、外人の場合は特に人を間違えやすいから気をつけるようにと支配人に注意して帰って行きました。騒がせてしまって本当に申しわけなかったと、支配人はランゲさんに何度もあやまってから、部屋を出て行きました。

せっかくいい気分でホテルに帰って来たのに、こんなことがあって、ようやく寝られたのは、夜中の三時過ぎでした。


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