Lektion 31, Text 1

第三十一課 一 忘れ物

私がまだ子供だったころ、父が忘れ物をしては、母に叱られていたのを今でも記憶しています。財布をどこかへ置き忘れてきたり、時計をなくしてしまったりしたことがよくありました。「お父さんは、どうしてあんなに何でも忘れてきてしまうのでしょうね。忘れてきては、その度に新しく買えばいいというわけにもいかないし、本当に困ってしまいますね。でも、お父さんが自分のからだをどこかへ忘れてこなければ、それでいいと思っていますよ。」などと、母が笑いながら嘆いていたこともありました。私も高校生のころ、「お父さん、何をどこに置いたかを、必ず目で確かめておくか、ちょうど面倒でもノートしておけばいいと思いますよ。」などと、父に意見を言ったりしました。

ところが、最近は、私自身が何でも忘れるようになって困っています。前日かばんの中に入れておいたはずの本が、全然別のところにあって自分でもおかしくなったりします。専門の研究のことで頭が一杯だし、その上、大学での仕事が忙しければ忙しいほど、忘れ物をすることが多くなしました。昔、父に言ったように、ノートすればいいのですが、そんな暇があれば本を読む方がいいと思ってしまいます。今から思えば、やはり学者として自分の研究に熱中していた父の当時の気持がよくわかるような気がします。どんな分野でも、研究は、すればするほど目標が遠くなっていくような気持になるものです。そして、できれば、あまり年をとらないうちに、ある程度、研究をまとめておきたいと思うのは当然です。また、毎日の小さいことには関心がなくなっていくのも仕方がないことでしょう。

きのうも、大学から帰ってくる途中で、まだ傘をなくしてしまいました。午後からすっかり晴れてしまったので、うっかりしてしまいました。金持ならば何本なくしてもかまわないのだがと、妻はあきれてしまいました。大学を出た時は確かに手に持っていたのですが、電車に乗るとすぐ本を読み始めて傘のことなど、すっかり忘れてしまいました。とにかく、私が降りた近くの駅まですぐもどって聞きましたが、わかりませんでした。今度見つからなければ、この次は雨が降っても傘をささないで大学に行くし、もし見つかっても雨がひどく降っていなければ傘を持っていかないようにすると私が言うと、妻は笑って、「忘れてくれない方がいいですが、そんな無理をして病気になられても、かえって困ります。ご自分のからだをどこかへ忘れてこなければ我慢することにしましょう。」と答えたので、私は大笑いしました。これは二十年前、母が父について言っていたのと、全く同じ言葉だったからです。


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