「もし、もし、山本さんのお宅でいらっさいますか。」
「はい、山本でこざいますが、どちらさまでいらっしゃいますか。」
「あ、私、加藤でございます。文子さん、いらっしゃいましか。」
「はい、ちょっとお待ち下さい。ただ今すぐ呼んでまいります。あのー、加藤さん、近ごろお遊びに見えませんね。」
「ええ、是非お伺いしたいと思いながら、毎日何かと忙しいものですから…。」
「文子もそんなことを申しております。でも、お暇の時は、よろしかったら、どうぞいつでもお寄り下さいませね。では…。」
「ああ、加藤さん、お待たせしました。文子です。」
「ああ、僕です。やっとつかまってよかった。」
「あら、どうして?」
「きょうは、もう何度もお宅に電話したんだけど、いつも、だれも出てこなかったんで、ちょっと困ったなと思ってたんだ。」
「ごめんなさい。母も私も、ちょっと前に帰って来たところなのよ。で、ご用は?」
「あのー、実は、あした村上教授のセミがなくなったんだ。何でも教授は重要な会議に急に出席されることになったそうだ。それでセミの連中みんなで、今、歴史博物館でやってる十月革命展覧会を見に行こうということになったんだ。文子さんは、行きたいけど、一人でじゃいやだと言ってたろう?どう?いっしょに来ない?」
「あら、うれしい!でも何時からいらっしゃるの?」
「十時からだ。午後の講義は三時だから、見た後で、いっしょにどこかでお昼でも食べようよ。」
「そうね。多分行けると思うわ。どこで待ってて下さる?」
「そうね。十時五分前に博物館の前で会おう。」
「いいわ。じゃ、あしたね。」
「じゃね。ああ、お母さんに、よろしくおっしゃってね。」
「ええ。でも母は、このごろ、加藤さん、どうしてお出でにならないのって、よく私に聞くのよ。」
「そう言えば、もう本当、しばらくお宅に伺っていないね。何しろ忙しいんだよ。まあ、来週にでも一度遊びに伺いますって、申し上げておいて!」
「ええ。じゃ、さようなら」
「あした遅れないでね。じゃ、さようなら。」