カールさんから鈴木さんへ
「冬が長く、寒さもきびしかった北ヨーロッパにも、そろそろ春らしい風が吹いてくるようになりました。朝晩は、まだかなり冷えますけれど、お昼ごろになって太陽がぽかぽか照り出すと、あたりの自然が急に生き生きと動き始めるような気配が肌で感じられるほどで、何かほっとします。
考えてみると、月日のたつのは早いものですね。去年の今ごろ、あなたといっしょによく芝居を見に行っては、その後で、夜中過ぎまで議論して、次の日には、ぐったりくたびれてしまったりしたのが、まるできのうのように思われるほどです。あれは確かに去年の三月初めごろでした。芝居を見終わって劇場を出ようとしたら、思わずびっくりするほど、あたりが真っ白に変っていて、綿のような雪がさらさら降り続いていましたね。ぶるぶる震えながら、国電の駅に急ぎ足で向かう途中で、私が、すとーんとすべってころんでしまい、その瞬間は、足の骨を折ったかと心配になるほどの痛さでしたが、翌日はけろりと治ってしまったのを覚えていますか。
私は北国
お忙しいでしょうけれど、近況を知らせて下さい。では、さようなら。」
三月十日
鈴木さんからカールさんへ
「久し振りのお手紙をうれしく読みました。この手紙がベルリンに届くころには、あなたのきらいな冬はもう姿を消し、花も美しき咲いて、あなたも、さっぱりした気分で毎日を過ごしていることでしょう。
日本では、もう桜も散り、冬のことなどは、すっかり忘れられてしまったほどです。あなたには怒られそうですが、五月に入って気温が上がってくると、東京では、そろそろむし暑く感じられる日もあり、ベルリンの冬の、あのしゃっきりした暑さが、かえってなつかしいほどです。
その後、日本経済の研究は進んでいますか。あなたの仕事の進め方は、いかにもドイツ人らしく、きちんとしていて、私はいつも感心されられました。私の博士論文も、あなたほどの勤勉さでやれば、もっと早くまとめられるはずなのですが、私は、資料の山の中で、ただいらいらすることが多くて困っています。後まだ二年ほどは、かかってしまいそうです。それが終わったら、またベルリンに行ってみないと思います。ではまたこの次まで、さようなら。」
五月六日