Lektion 37, Text 2

第三十七課 二 研究旅行

パウルさんは、江戸時代の歴史が専門で、特に当時の農村生活を取り扱った研究報告や論文をこれまでにも何度か発表してきました。資料だけによる研究の壁にぶつかって悩んでいたパウルさんは、日本に一年間滞在することを許されました。

パウルさんが日本に来てから、もう三か月になります。どうぜやり始めたのなら、後悔しないようにと、日本の友人や先生たちが研究を指導してくれたり、激励してくれるので、パウルさんはとても幸福そうです。

江戸時間に関する研究で権威のある林先生が、当時の農村を研究したいのなら、地方に出掛けて行って、役場や寺などに残っている古い記録などに接してみなさいと勧めてくれました。この提案に強い関心を抱きましたが、パウルさんは、日本語が標準語しかわかりません。その上、外人が一人で地方の農村に行っても、普通なら用心されてしまって、おそらく表面的なことしかわからないだろうと不安でした。そんなパウルさんの心配を察して、林先生は、先生が交際している長野県の、ある村の村長さんに依頼してあげるから、心配しないで行くようにと気を配ってくれました。長野県なら、距離もあまりないし、方言も九州ほどわかりにくくはないだろうとパウルさんも大喜びです。

林先生からの連絡によると、その村長さんは、あっさり引き受けてくれましたが、あいにく、来月は仕事が忙しく、留守のことが多いので、さ来月から都合がいいそうです。パウルさんは待つしかないと思いました。むしろ、期間が一か月ある方が、いろいろ支度もできます。

意志の強いパウルさんは、こうして、一か月間、資料の収集、整理、方言の習得などに集中し、毎日平均六時間しか寝ませんでした。

長野県の上田市に近いその村にパウルさんが着いた時、村長代理として迎えに来た阿部さんは、パウルさんが、その土地の方言をちゃんと知っていたので、お世辞でなく感心しました。

パウルさんは、二週間、村の寺に泊めてもらいました。寺の住職は、聞きたいことがあるから、何でも聞きなさいと言って、パウルさんの質問や疑問に始終、機嫌よく答えてくれました。

パウルさんが特に興味深く思ったのは、江戸時代のこの地方では農家の青年たちにかなり自由な行動が許されていたという点です。十五歳以上の未婚青年なら、だれでも自主的に入れる青年の団体があって、村の祭や、消防、用水工事などの公共事業は、こうした共同組織の任務だったそうです。また、ここでなら若い男女が共に語り合い、愛を誓い合うこともできたそうです。パウルさんは村の役場で、こうした事実を証明するいろいろな資料や証拠も見せてもらいました。

最後の晩は、ちょうど秋祭の日でした。晴れた星空に月がまぶしいほどに輝き、虫の鳴く音もあざやかで、辺りの光景はまるで絵のようでした。地面に落ちる人々の影が踊るのを見ながら、パウルさんは急に、自分が江戸時代のこの村に立っているような感動におそわれました。

このような経験は、将来の研究にとってきっと大きな刺激となるでしょう。