Lektion 26, Text 2

第二十六課 二 日本語の中の外来語

日本人は毎日、たくさんの外来語を使って生活しています。自分で話すことも大いし、ラジオやテレビで耳にしたり、新聞、雑誌の記事で読んだり、乗物の中の公告などから目に入ったりするものを加えると、実にたくさんの数にのぼります。

けれども、このような外来語とは、一体どういう性質のものか、いつごろ、どの国から日本に入ってきて、どのような使われ方をしてきたかはあまりよく知られていません。

まず、外来語とは何かという点です。これは、元は外国語であったが、他の国の母国語にほぼ完全に取り入れられた言葉を指しています。

十六世紀の半ばにポルトガル人、十七世紀の初めにオランダ人が、日本と接触して、日本にヨーロッパの文明や事物をもたらしました。そして、パンやコーヒーなどという言葉がそのまま日本語として使われるようになったのは、それらの事物が当時の日本人には全く新しく、それを表現できる言葉が日本語の中になかったからです。

明治以来は、英語をはじめ、欧米諸国の言葉が日本語に借り入れられました。まず、フランス語からは、料理・衣服・芸術・政治、社会など、ドイツ語からは、医学・音楽・政治・経済など、イタリア語からは、音楽などの分野が多く、英語からは、スポーツ・文学・機械・工業・商業・宗教など広い範囲に及んでいます。

このように、日本語の中に取り入れられた外来語の分布を調べると、近代日本において外国の事物に対する関心がどんな生活領域に向けられていたかという点と大体一致していることがわかります。

戦後は、アメリカからの影響が圧倒的に強く、アメリカ英語が必要以上に使われている傾向があります。例えば、「くたびれたから、牛乳を飲みます。」などと言うと、なぜミルクと言わないかと笑われたりしますし、美容院で、「髪がよごれたから、少し丁寧に洗って下さい。」と頼むと、「ああ、シャンプーですね。」などと聞き返され、その上、どのヘアー・シャンプーがいいかなどと聞かれます。

また外来語の中には、母国語が持っている本来の意味を失って、日本でだけ通用する意味を持つようになったものも多くあります。例えば、「今晩はアルバイトがあるから、お伺いできません。」などと言うと、ドイツ人には、ちょうどわかりません。この場合の「アルバイト」は、一般に「働く」という意味を失って、主に学生などが勉強しながら、収入を得るためにする仕事を意味します。

外来語の増加を歓迎するかしないか、日本語のために悲観するかしないか、いろいろな立場がありますが、その数がどんどん増えてきているというのは疑うことのできない事実です。


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